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カテゴリ: 豆知識・教養

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日本人であれば誰しも一度は口にしたことがあるといっても過言ではない?お煎餅「歌舞伎揚」

昭和35年に発売されロングセラーを続けています。子供の頃、おばあちゃんのゲートボールについていってご褒美に歌舞伎揚をもらったこと、いい想い出…。

そんな歌舞伎揚ですが、実は歌舞伎揚には四角い形と丸い形の2種類があるのを知っていますか?私は子供の頃からずっと食べていたのに、つい先日初めてその事実を知ってびっくり。…自分の観察力の乏しさに震えたんだ。


歌舞伎揚って食べる前に袋の中で割ってから食べませんか?そのために丸や四角の元の形がわからなかったのかも。

知り合いにこのことを”大発見!”とばかりに得意気に話したら「うん、知ってる。」とさらりとあしらわれてしまったので、四角と丸の2種類の歌舞伎揚の存在は結構知られていることなんですかね?

でもなんで四角と丸の歌舞伎揚があるのでしょうか?

かたちの違いは家紋デザインの違いによるもの

歌舞伎揚の表面をよく見てみると、うっすらと模様があるのが確認できます。実はこの模様は家紋のデザインなんです。歌舞伎揚には家紋デザインがあしらわれていたんですね。

四角と丸の形の違いは家紋デザインの違いによるものだったんです。四角と丸の割合は、丸のほうが圧倒的に多く、家紋のデザインは12種類存在するそうです。

でも実際に家紋のデザインを確認するのはかなり至難の業。公式サイトによると、現在の歌舞伎揚は嗜好の変化に合わせてソフトに仕上げるようになっていて、家紋のデザインは見えにくくなっているとのこと。

揚げる前はこんなかんじでくっきり家紋が入っているのがわかります

みなさんも歌舞伎揚を食べる時、どんな家紋が入っているか確認してみてください。四角の家紋デザインは比較的わかりやすい気がしました。

 
関連画像


(出典 news.nicovideo.jp)


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【【日本人の7割は知らない】『歌舞伎揚』には四角と丸の2種類の形があった!!】の続きを読む

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 昭和から平成初期にかけての時代、われわれにとって「ヤクザ」は日常の中にある存在だった。ところが2010年代に全国各地で暴排条例が施行され始めると、一転して彼らは「付き合ってはならない存在」となった。では一般市民の日常から見えにくくなったヤクザたちは、どのような世界に追い込まれ、その世界をどう生き抜いているのか。ヤクザの世界を取材し続ける社会学者・廣末登氏が、知られざる世界をレポートする。(JBpress

JBpressですべての写真や図表を見る

時代の推移と観の変容

 平成の世がカウントダウンに入った。昭和に青春を生きた者としては、現在でも隔世の感を禁じ得ないが、そんなわれわれを置き去りにしつつ、歳月は流れ、世間は変わっていく。

 時代の推移と共に、大きく変容するものが「観」である。同じ状況や現象でも、観が変われば、その価値や社会的な受け止め方は全く異なるものとなる。換言すると、観の変容とは、その時代を生きる人々の眼差しの変化、社会が抱く対象イメージの変容といえるのではないか。


 例えば、昭和の時代、不登校児童は登校拒否として問題児扱いにされていた。そして、不登校の原因は子ども自身、あるいは、子どもを登校させない親の責任として、学校や世間の父兄は非難したものである。しかし、現在はどうか。「不登校」の子どもの問題は学校や教員に帰責され、不登校を容認する社会的な観が醸成された。

 子どもの非行も「やんちゃ者」から「若い犯罪者」という観が芽生えつつある。少年法は厳罰化に傾斜している。2022年4月から18歳成年となり、約140年ぶりに成年の定義が見直される。この変化は、もしかすると、非行少年観の変容に拍車をかけるかもしれない。これまで成人犯罪者と異なる教育的処遇の対象とされてきた少年が、成人同様の処遇を受けるのではないかと危惧するところである。


 大人観も随分と変わった。昔の大人、少なくとも筆者の大人観は、夜遅くまで仕事をしつつも、タバコと酒を存分に嗜み、三つ揃いのスーツやトレンチコートが似合う仕事人間であった。男気という点においても、懐が少しくらい寂しくても、若手には酒を飲ませて恰好をつけることを美学とした。しかし、昨今、部下を強引に酒席に誘うとパワハラランプが点滅するし、タバコを嗜む男子は不健康のシンボルであり、平成生まれの女性にモテないそうである。まこと、ここ十数年における観の変容、眼差しの変化には、驚きを禁じ得ない。

ヤクザから反社会的勢力という観の変容

 近年における観の変容で、もっとも窮地に陥っているのは、ヤクザではないだろうか。

 昭和から平成の初期は、市井のサラリーマンでも、居酒屋の一角でヤクザ話に花を咲かせたものである。そして、どこそこ組の幹部と一献盃を傾けたとか、ゴルフプレーしたことが、ちょっとした自慢になったものである。洋服屋にヤクザの顧客はつきもので、若い者が出所したら、(刑務所内の健康的な食生活で)体型が変わっているため、親分が馴染みのテーラー事務所に呼んで、「放免スーツ」を作ってくれていた。


 祭りともなると、ヤクザは血が騒ぐようで、もろ肌脱ぎで桴も折れよと太鼓を叩いたものである。しかし、それらははるか遠い時代の牧歌的な記憶となり果てた。

 現在、当局から「密接交際者」などと疑われたら、自営業者にとっては死活問題である。ヤクザと一緒に公然と会食したり、ゴルフプレーをしようものなら、密接交際者として自治体ホームページに実名と社名が掲示される可能性がある。そうなると、公共工事の入札は出来ないし、銀行融資も受けられなくなる。実際、こうした事例は福岡県で発生しており、密接交際者とされた企業で倒産したところもある。

 当然、祭りにヤクザが公然と参加することはできなくなり、筆者の感覚では、祭りの殷賑が薄れてきたように思う。

 例えば、筆者の地元である博多。そこには九州一の歓楽街・中洲がある。中洲では例年10月末に「中洲まつり」があるが、ここでも数年前からテキヤが参加できなくなったことで賑わいが半減した。素人が「飲食ワゴン」なるもので祭りを盛り上げようとしても、プロであるテキヤには及ばない。


 そもそも神農を崇めるテキヤはヤクザではない。たしかに、テキヤの親分はヤクザと盃をするが、若中頭をはじめ配下の若い者はカタギである。当局の論理では、「組織のトップである親分が、ヤクザと盃を交わしていたら、そりゃもう『密接交際者』だから排除せよ」という論理かもしれない。しかし、それは日本の慣習であり、江戸時代の寺社奉行管轄の庭場から、バイ(商売)を行ってきた長い歴史を背景とした陋習である。あまり厳格に取り締まるのは如何なものかと思う。

 日本人の原風景である四季折々の祭を演出してきた主役は、テキヤであった。テキヤについては、筆者も一宿一飯の義理があり、後日、稿を改めて、テキヤ文化の一部を紹介したいと思う。


 いずれにしても、昭和から平成後期にかけて、日本社会の「ヤクザ観」は大きく変わり、反社会的勢力として、排除の対象となった。先述したように、テキヤですらその影響を被っているのである。ちなみに、本稿ではヤクザという表現を用いているが、マスコミでは基本的に「暴力団」と表現しないと記事にはしてくれないご時世である。なぜ、そうなってしまったのか。それは、日本社会が、暴排条例というターニング・ポイントを経験したからであろう。

暴排条例という社会的排除

 2010年福岡県が全国に先駆けて暴力団排除条例(以下、暴排条例)を制定し、2011年東京都沖縄県が施行したことで、全都道府県で暴排条例が施行された。この年は、島田紳助暴力団関係記事が紙面を賑わせたことで、暴力団に注目が集まった年でもあった。

 この暴排条例が、日本社会のヤクザ観を大きく変えたと考える。なぜなら、暴排条例は、暴力団を取り締まるだけではなく、彼らと関係するカタギの市民をも取り締まりの視野に入れたからである。

 この暴排条例とは何なのか、当初はそこまで深刻に受け止められていなかった。しかし、その条例が対岸の火事ではないことが、徐々に認識されていった。なぜなら、この条例には、目的の部分に「都及び都民等の責務を明らかにする(東京都の場合)」とあり、条例が想定するのは、「都及び都民」であり、暴力団や組員に限定していないからである。


 さらに、基本理念においては「暴力団と交際しないこと、暴力団を恐れないこと、暴力団に資金を提供しないこと……都、特別区及び市町村並びに都民等の連携及び協力により推進する」云々と明記されている。そこでは、住民や企業に対して、自己責任暴力団との関係遮断、対決をするように求めているため、暴力団のシノギである「ミカジメ」「高額な商品リ-ス」「債権回収」等からの収入源は寸断されることとなった。

 経済界からの暴排は、銀行の「金融暴排」に代表される。これには、2007年、暴排条例制定以前に公表された政府指針「企業が反社会的勢力による被害を防止するための指針」が寄与した。以降、全国で暴排条例が施行されてからは、口座開設を始めとする諸契約には、反社会的勢力に属していないかどうかのチェック項目「暴排条項」が散見されるようになり、現在では、暴力団など反社会的勢力との関係を確認する企業コンプライアンスは常識となっている。

 企業努力として、社会的責任を果たすために、商行為などを通じて暴力団への利益供与を拒否し、関係を遮断する必要性から当然であろう。結果、暴力団関係者は、銀行口座から不動産の賃貸契約まで、ありとあらゆる商取引から排除された。

 しかし、ここに大きな問題が生じた。暴力団フロント企業という密接交際者や周辺者以外にも、暴力団を離脱した者(その家族)までもが、社会的、経済的な不利益を被る事態が出来したのである。

生活口座を奪う、元暴5年条項

 このような事態は、暴排条例に明記された「元暴5年条項」の弊害によるものである。つまり、条例によって、暴力団を離脱しても、おおむね5年間は暴力団員関係者とみなされ、自分の名義で家を借りることも、口座を開設することもできない。

 全国銀行協会は、2009年9月、マネーロンダリング対策の一環として、加盟行187社に対して、預金口座開設を拒否するように通知した。2018年1月からは、警察庁暴力団データベース(約1万8000名が登録)による照会が開始され、より厳格な取り組みが開始されている。

 金融機関の立場からしては、暴力団離脱者が、実際に離脱しているか否かの判断が容易ではないという事情がある。しかし、離脱者が日常的に利用する「生活口座」が持てなければ、就職活動や自営業を営むことが難しく、憲法で保障された健康で文化的な生活を享受できない。そうであれば、警察庁法務省が暴力追放運動推進センターとの連携をはかって実施している「暴力団離脱の働きかけ」を阻害する可能性がある。この働きかけは、2016年に施行された「再犯の防止等の推進に関する法律」に基づいて、翌年に策定された「再犯防止推進計画」が根拠となっている。

 金融暴排による口座開設問題につき、裁判所は以下のように判示している。
暴排条項は目的の正当性が認められ、目的達成のために反社会的勢力に属する預金契約者に対し解約を求めることにも合理性が認められるから、憲法14条1項、22条1項の趣旨や公序良俗に反するものではなく有効であり、暴排条項の適用によって被る暴力団員の不利益は自らの意思で暴力団を脱退さえすれば回避できるものであると(福岡地判決平28.3.4、福岡高判平28.10.4)。

 しかしながら暴力団を離脱しても、生活口座が開設できないという現状は、裁判所の見解に疑義が差し挟まれかねないという問題が生じている(荒井隆男「金融暴排実務の到達点――政府指針公表後10年を経過して」金融法務事情2100号)。

 筆者は、2015年以降、暴力団を離脱した当事者、その家族による怨嗟の声のリアルに耳を傾けてきた。彼らとその家族は、日本国民でありながら、様々な社会権が制約されている。家族を養うには仕事が必要であるが、10~17年度に暴追センターなどの支援で離脱した4810人うち、就労率は約2.6%と低調である。

 組織に属していたら会費は納めなくてはならないがシノギはない。組織を辞めても社会に受け入れられず仕事がない現在、一部の離脱者は、裏社会の掟すら逸脱したアウトローに身を落とし、危険なシノギによって糊口をしのいでいる。彼らの牙は、未成年者や高齢者という社会的弱者に向けられるようになった。

 全国で施行された暴排条例というターニング・ポイント。そして、自治体から暴排主体としての役割を担わされた住民の困惑と「ヤクザ観」の変容、暴力団アングラ化。時代は変化し続けている。辞めるも残酷、残るも地獄――そのような現代ヤクザに明日はあるのか。筆者は、自ら明日を手探りで手に入れようとする二人の暴力団離脱者を精緻に取材した。次回以降、社会的排除の中で、必死に生きようともがく彼らの挑戦を紹介したい。

[もっと知りたい!続けてお読みください →]  「更生」して組長の妻に!知られざる超極悪な世界

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(出典 news.nicovideo.jp)


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ゴゴ通信の元の記事はこちらからご覧ください


【簡単に説明すると】
ホテルの電気ポットは使用しない方がいい?
・その理由が衝撃
・下着を中に入れて沸騰させて洗っている?

ホテルの電気ポットで洗濯

ホテルの客室に備えられている電気ポットやケトルを使用しない方が良いという。

何故使わない方が良いのだろうか? その理由は一部の客が履いた下着を電気ポットの中に入れてしまうのだという。

何を言っているのか理解出来ないだろう。そう私も理解できなかった。このような行動を起こす人たち曰く「下着を殺菌するために電気ポットの中に入れてお湯を沸かす」らしい。


Twitterで実際にそのような人が居るのか調べてみたところ、多くの人が「YES」と返事をしたという。ほかの利用者も「ホテルに泊まったら真っ先に電気ポットの中を掃除する」と語っている。


これに関連し、ニュージーランドのマッセー大学のヒドヘンドリクソン教授は「殺菌することはできるが全て消えることはない。ホテルの電気ポットは

誰もが使用するので決して綺麗とは言えない」と警告した。

これを知ったネットユーザーはたちは「それを知ると衝撃的だが実行に移すことの方がよりショック」、「ホテルの電気ポットは二度と使わない」という反応を見せた。

ホテルの電気ポットで洗濯

ホテルの電気ポットで洗濯



(出典 news.nicovideo.jp)


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【【恐怖】ホテルの電気ポットは絶対に使わないほうがいい!!!!!!!!】の続きを読む

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何を間違えた? フルモデルチェンジでユーザーから見放された伝統の国産車5選

グローバル化やコストダウンなど企業の都合でファンが離れた

 日本のファン向けに 本稿のテーマは「フルモデルチェンジファンから見捨てられたクルマ」だが、ここで取り上げる5車種の経緯を見ると、「日本のファンを見捨てたクルマ」になっている。「クルマが売れなくなった」のではなく「売れる商品力を備えたクルマが減った」のだ。売れない原因はユーザーではなく、クルマにある。

1)日産GT-R

 2000年頃まで、クルマ好きの憧れはスカイラインGT-Rだった。スカイラインが運転の楽しいスポーティカーとして人気を高め、GT-Rはその上級版だった。

 とくに1989年に登場したR32型GT-R以降は、直列6気筒2.6リッターツインターボRB26DETTエンジンを搭載する。潜在能力の高いエンジンで、チューニングにより性能をさらに高めることも可能だった。中古車になって価格が下がると、若年層も購入しやすく、多くのクルマ好きを育てた。見放された

 ところが2007年に発売された現行GT-Rは、まったく別のクルマになった。V型6気筒3.8リッターツインターボの性能は際立って高く、発売当時の価格は777万円だ。走行性能や装備を考えれば割安だが、メーカーの決めた使い方をしないと保証を受けられない場合もある。見放された

 さらに現行GT-Rは改良のたびに価格を高め、今ではもっとも安価なピュアエディションでも1023万840円に達する。約246万円値上げされ、比率にすれば価格は発売当初の1.3倍になった(消費税率は異なるが)。かつては比較的身近だったGT-Rは、手が届かないスポーツカーになった。見放された

2)日産スカイライン

 スカイラインはかつてGT-Rベース車でもあり、高性能でカッコイイ身近なスポーツモデルだった。とくに4代目の「ケンメリ」は、1973年に1カ月平均で1万4493台を登録した。2017年243台だから、45年前のスカイラインは今の約60倍売れていた。見放された

 1993年に発売された9代目のR33型あたりまでは、手堅く販売されていたが、1998年の10代目では日産の業績も悪化して売れ行きが下がり、2001年発売の11代目以降は海外指向を強めた。12代目、現行型の13代目とボディが肥大化して、販売状況はますます悪化。見放された

 現行型はフロントグリルインフィニティ(海外で展開する日産の上級車ブランド)のエンブレムを掲げるなど、まさに日本を見捨てた印象だ。ファンが離れて当然だろう。見放された

3)スバル・レガシィB4

 1989年に発売された初代レガシィ1993年2代目では、レガシィセダンと呼ばれていたが、1998年の3代目でセダンにB4の名称が与えられた。この3代目も5ナンバーサイズに収まり、混雑した街中や曲がりくねった峠道でも運転しやすい。熟成された足まわりと独自の4WDにより、安定性と乗り心地の優れた大人のスポーツセダンであった。見放された

 この後、2003年の4代目で3ナンバーサイズに拡幅されたが、全幅は1800mm以内に収まる。適度に機敏な運転を楽しめた。見放された

 しかし2009年5代目では、ボディがさらに大柄になって落ち着いた印象を強めた。2014年の6代目では、全幅は1800mmを超えてしまう。17インチタイヤを装着した仕様ならば乗り心地が快適で、後席も広いから大人4名が長距離を快適に移動できるが、スポーツ性は薄れてファンも離れた。見放された

 以前のレガシィB4の後継はWRX S4なのだろう。適度なサイズで運転の楽しい上質なスポーツセダンになっている。

4)ホンダ・シビック

 1972年に初代モデルを発売したシビックは、前輪駆動の持ち味を生かす楽しい運転感覚で、若いクルマ好きから支持された。6代目までは3ドアハッチバックが用意されて高人気を保ち、そしてこの6代目には高性能なタイプRも追加されている。見放された

 ところが2000年に発売された7代目では3ドアハッチバックが削られ、2005年の8代目は3ナンバーサイズセダンのみになる。2000年以降は人気が急落して、2010年発売の9代目は国内で売られなかった。見放された

 そして2017年に5ドアハッチバックセダンタイプRを復活させたが、以前に比べるとボディが拡大されて価格も高い。それでも1カ月に1500台前後を売ってホンダは成功したと見ているが、1990年頃の4〜5代目シビックは、1万台前後を販売していた。見放された

5)日産マーチ

 日産の伝統あるコンパクトカーで、初代モデル1982年に発売されて1992年まで生産を続けた。

 人気が高かったのは1992年から2002年まで生産された2代目だ。サイドインドウの下端を低く抑えた水平基調のボディは、世界でもっとも視界の良い乗用車だと実感させた。全幅は1600mm以下に収まり、ボンネットがキッチリと見えるから、取りまわし性も抜群に優れていた。見放された

 しかも良好な視界を確保しながら、外観の視覚的なバランスも取れている。2代目マーチは、工業デザインの本質を突いていた。

 今の日本車/輸入車に、マーチほど視界の優れたクルマはない。安全運転の第一歩は、車両の周囲に潜む危険を早期に発見することだから、今のクルマはずいぶんと危ないクルマになっている。

 4代目の現行マーチも視界に配慮したが、2代目に比べるとサイドインドウの下端が高い。側方や後方の視界は悪化した。見放された

 しかもインパネから乗り心地まで、全般的に質が低い。今のマーチはタイの工場で生産されるが、生産国の話ではなく、基本的な開発段階におけるコスト低減が悪影響を与えている。緊急自動ブレーキも装着されず、売れ行きは伸び悩む。

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何を間違えた? フルモデルチェンジでユーザーから見放された伝統の国産車5選


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69歳だとTinderでウケが悪いから…

「女性に年齢を聞いてはいけない。」これは昔から言われていることだが、男性の中にも自分の年齢が気になるという人はいるようだ。

今回話題になっている男性は、年齢を変えたいがために裁判を起こしたのである。

裁判を起こしたのは、オランダ・アルンヘム在住の自称自己啓発作家、エミール・ラテルバント氏。

ラテルバント氏は御年69歳。しかし、この本当の年齢より20歳若い49歳に正式年齢を変更できるよう、11月5日に裁判を起こしたのである。


その理由というのが、就職できる確率を高めるため。そして、出会い系サイトTinder”で女性と出会うチャンスを増やすためなのだ。

地元紙”De telegraaf”の取材で、ラテルバント氏は「名前や性別はいくらでも変えられるのに、年齢が変えられないのはおかしい!年齢ほど差別を受ける機会が多いものはない!」と答えている。


例えば、Tinderで69歳と書いても全く相手にされず、49歳と書いて顔写真を乗せると上手くいったという出来事もあったそう。こうした年齢による差別に遭遇してきたことから、裁判を起こして生年月日を変更できるよう求めたのである。

なお、実際の生年月日は1949年3月11日。これを法的に1969年3月11日に変更できれば、活気に満ちた生活を送ることができると主張している。

一方で裁判所は、こうした訴えは前例がないために懐疑的な姿勢を見せているとのこと。一応判決は出すそうで、4週間後には結果がわかると報じられている。


・・・・・・・・・・・・・・

例え法的に若い年齢が認められても、肉体には年齢相応のガタがきているはず。「おじいちゃん、そこまでしてモテたいの!?」と突っ込みたくなるのは筆者だけではないだろう。

 

参照元:De TelegraafFacebook

「俺はもう20歳若い!!」オランダの69歳の男性がモテたいがために年齢変更を求め裁判を起こす!!


(出典 news.nicovideo.jp)


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【【前代未聞】69歳のおじいちゃんが『モテたいがために』実年齢を49歳としろと裁判を起こしたwwwww】の続きを読む

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ビジネス、今日のひとネタ

日本国内のいたるところにあるコンビニ駐車場のあるお店は、ドライブ中にちょっと立ち寄るのにも便利で、いまや道路沿いに「コンビニのある風景」は当たり前になっていますね。しかし、そんなコンビニの立地につけ込んだ「運転マナー違反」がいま話題となっているようです。


コンビニワープ」という言葉をご存じでしょうか? 赤信号を待つのを避けるため、右左折をする際などに、交差点の角にあるコンビニ駐車場や敷地を利用してショートカットするという手法です。

先日、西日本新聞により紹介され、ネット上でもさまざまな声が寄せられています。

「LIMO[リーモ]の今日の記事へ」

ネット上の経験者・目撃者の声

コンビニワープをしたことがある人は少なくないようです。経験者や目撃者がネット上で言うには、

「法的に問題ないよね、コンビニに寄って出ていくだけですよ?」
「やったもん勝ち」
「窓からタバコ捨てた上に通り抜けしていった」

など、ワープする側はあまり罪の意識なども感じていないようです。
これに対して、

「眼の前で事故ってるの見た」
「危険だからやめてほしい」

「周りちゃんと見ろ、最悪」

など、その危険性から問題視している人も少なくないようです。

実際のところ、違法なのか?

日常的に行われているコンビニワープですが、道交法(道路交通法)などには違反しないのでしょうか?

コンビニを利用せず通り抜けする場合は、私有地への侵入として「不法侵入」となる可能性が高いようです。コンビニ側が提訴すれば、民事訴訟なども考えられますが、実際に裁判をするのは費用や手間の面でコンビニ側にとってもハードルが高いのは確かです。

また、対策として通り抜け禁止の看板を掲げ、罰金を課しているコンビニも少なくありません。掲示されている罰金を全額支払わなければならないケースは少ないようですが、損害賠償として何かしら金銭を納めなければならない場合も考えられます。

なお、過去の判例によると、駐車場は私有地ではあるものの、状況によっては道路とみなされる場合もあり、コンビニワープによって事故などが起きた場合には、道交法違反となる可能性もあるようです。

事故防止のためにもやめよう!

コンビニワープは、駐車場周辺を歩いている利用客や駐車車両との接触事故なども起こしかねない、危険な行為です。特に夜間などは視界も悪く、店内の照明が明るいぶん、歩行者に気づきにくい場合もあります。実際にコンビニ駐車場での人身事故は珍しくありません。

また、コンビニに限らず、私有地を利用したショートカットは、所有者とのトラブルも起こり得ます。当たり前の話ではありますが、多少の時間がかかっても信号待ちをするのが正しいと言えるでしょう。

コンビニワープに関して、現状では、これを具体的に直接取り締まる法律はなく、ドライバーマナーモラルに判断を委ねられているところも多々あります。とはいえ、思わぬ交通事故の原因ともなり得る行為であり、ドライバーのみなさんには、ぜひマナーを守って運転してほしいですね。

※初出の文中で「起訴」としていたのを「提訴」と修正しました。



(出典 news.nicovideo.jp)


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■推定規定が、無戸籍者を生む

いま日本に無戸籍者が715人いるといったら驚くだろうか。これは現時点で法務省が把握している数字(2018年8月10日現在)で、実際はさらに多くの無戸籍者がいるとみられる。現代日本で、なぜ無戸籍者が生まれるのか。

じつは無戸籍者の約75%は、「嫡出推定」を避けるために親が無戸籍を選んだ人たちだ。


嫡出推定とは何か。まず結婚生活が破たんした別居中の夫婦を想定してもらいたい。妻は離婚を望んでいるが、夫は了承しない。そのうちに妻に新しいパートナーができて妊娠・出産。このとき生まれた子どもは生物学上、新パートナーの子である。

ただ、夫が「妻と性交渉はあった。自分の子だ」と主張したら、子の父がだれかが、宙ぶらりんの状態になる。そこで民法に、妻が婚姻中に妊娠した子は、夫の子と推定するという嫡出推定規定が設けられている。血のつながりに関係なく、法律上は夫の子と推定して子の地位を安定させるのである。離婚後300日以内に生まれた子は、婚姻中に妊娠したと推定される。

本当の父親が新しいパートナーである場合、別居中の夫や元夫の子として届け出るのは心理的な抵抗があるだろう。法律上の父子関係になれば、夫や元夫にも面会交流の権利が生じる。夫や元夫が実子ではない子と面会して虐待を加えた事例もある。子の安全を守るために、子を無戸籍にせざるをえないことがあるのだ。

無戸籍は不利益が大きい。住民票が作れないので、乳幼児健診を受けられず、自治体からの就学通知も届かない。この問題に詳しい作花知志弁護士は実態をこう明かす。

「住民票がないと、銀行口座が作れないため、友人の口座に送金してもらっている人もいます。パスポートも作れないので、海外ホームステイを断念した高校生もいます」

■否認の権利を妻と子にも

無戸籍問題の解決を目指した訴訟も起こされている。嫡出推定を否認できるのは夫だけで、妻や子からは否認ができないのは憲法違反として、妻と無戸籍の娘、孫ら4人が国を訴えたのだ。

17年11月の一審、18年8月の二審とも請求は退けられたが、高裁は「家族をめぐる法律制度の制度全体の中で解決を図るべき」と判示して、「国会の立法裁量に委ねられる」と立法に下駄を預けた。

じつは問題解決に向けて法務省も動き出している。二審判決の前日、規定の見直しを検討する研究会を10月に発足させるとの報道が流れた。

この違憲訴訟を手がける作花弁護士は、次のように語る。

「嫡出推定を緩めるというより、嫡出否認を妻や子にも認める方向で見直しが行われそうです。つまりいま違憲訴訟で原告が主張している内容と同じです。法改正に向かうのは喜ばしいこと。私たちは最高裁に上告しますが、最高裁ははっきり違憲と示して、この流れに弾みをつけてもらいたいです」



(出典 news.nicovideo.jp)


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 街中でよく郵便ポストを見かけますね。最近ではメールSNSの発達により手紙を送る機会が失われつつあるものの、ポストはまだまだ身近なものでしょう。

【その他の画像】


 そんな身近なポスト、当たり前のように赤いですが「ポストはなぜ赤いのか」ということを意識したことはあるでしょうか。


●さくっと結論

 ポストが赤色になったのは、逓信省(ていしんしょう:かつて郵便を管轄していた省)が「人々がポストと分かりやすいように赤色」にすることを定めたという、とてもシンプルなものです。

 しかし、「分かりやすいように」する必要が生じたのにも理由がありました。そもそも、<誕生したばかりのポストは赤色ではなかった>のです。

 ポストの変化とともに、歴史をたどっていきましょう。


●初期のポストトンデモ事件

 日本で郵便制度が始まったのは明治時代。1871年、最初に設置されたものは木がむき出しの簡素なのもので「書状集箱」などと呼ばれていました。

 翌年以降、郵便制度が全国に広まるにあたり、黒のペンキで塗ったものに切り替わっていきました。

 しかしこの黒塗りのポストは、夜や雨の日などには目立たず分かりにくいものでした。また、「『郵便』を『垂便』と読み違えて中に排せつしていった人がいた」「爆竹が突っ込まれる放火事件が起こった」など、当時の治安を疑ってしまうようなトンデモ事件も発生していました。


●新しいデザインを募集しよう

 そこで逓信省は、ポストの新デザイン案を募ります。1901年には、有力なデザイン案のものを大都市に試験設置しました。東京では、日本橋に2種類のデザインポストが設置され、これらが「日本初の赤いポスト」とされています。

 試験設置などによる調査を経て、1908年に「赤色・円柱型・回転式差出口」のポストが正式に定められました。


●なぜ赤と定めたのか

 上に述べた1908年の通達では、「朱色ペイント」と定められたのみで、その理由については分かりません。

 後の1910年に出される「逓信省年報」に、以下のような記述がみられます。

従来ノ郵便函ハ構造不完全ニシテ盗難予防、郵便物収容、使用耐久、道路障害等ノ関係上幾多ノ不便アリ多年研究ノ結果内外ノ構造ヲ改メ円形柱函ト掛函ノ二種ト為シ孰モ鉄製トシ且公衆ヲシテ認識シ易カラシムルタメ特ニ朱塗トセリ而シテ円形柱函ハ枢要ナル都市ニ設置シ他ハ掛函ニ改ムルコトトシ四十一年十一月日ヨリ施行セリ出典:『逓信省第廿三年報』(1910)

 つまり、「人々がポストと分かりやすいように赤色にした」とのことです。このポストにはほかにも、「通行の邪魔にならないように角をなくし丸型にした」「火事の心配がないように鋳鉄製にした」といった工夫が施されました。

 ところで、この「逓信省年報」が出たのは1910年。赤色ポストが試験的に設置された数年後のことです。1901年より前に、デザインを依頼する段階で既に「赤色」という指定があったとする説もあります。

 このため、「目立って分かりやすいから」というのはひょっとすると後付けなのかもしれません。


●赤と定めた理由を考える

 では、逓信省の人々がポストの色に赤色を選んだ真の理由は何でしょうか。郵便の歴史から推測した結果として、次の2説を提唱します。

1. もともと「郵便=赤」のイメージがあった

 そもそもポストや「〒」マークができる以前から、人々の間で「郵便といえば赤」という認識が広がっていたのではないか、という説です。例えば、日本で郵便事業が創業された当時の配達員の制服には、赤いししゅうがつけられていました。

 明治時代に最初に作られた郵便のマークは赤色だったのです。このマークがなぜ赤色だったのかも、やはりよく分かっていません。「江戸時代の飛脚が赤いふんどしをつけていた」などの事実はありますが、郵便のマークとの関連は示されていません。

 ともあれ、逓信省の職員が「逓信省のマークは赤」ということから、ポストの設計を依頼する際に「赤くしよう」と伝えたということが、まず1つ考えられます。

2. イギリスの赤いポストをまねた

 日本の郵便制度は、イギリスに留学した前島密が中心となって整えました。前島がイギリスで見た赤色のポストを模倣して、逓信省が赤を指定した、とも考えられます。

 ちなみに、フランスドイツなど、ヨーロッパの大陸側の国々の多くは黄色いポストを設置しています。これは、「16~18世紀ごろに郵便を独占した豪族・タキシス家が使った、プロイセン王家の紋章にあった黄色」に由来するとか、「郵便の使者が通ることを知らせたホルンの色」に由来するといった説があります。その他にも、世界各国でさまざまな色のポストが使われています。


●おわりに

 というわけで、逓信省の職員は、何らかの理由で赤色で設計するように依頼。試験設置の結果がよかったので、「見やすい」という理由をつけて正式採用した、というのが推測される流れです。もちろん、初めから「赤色にすれば見やすいんじゃないか?」という発想があったのかもしれません。

 東京スカイツリーと直結している「東京ソラマチ」には、「郵政博物館」という郵便の歴史をたどる施設があります。この記事内で紹介している写真は、そこで撮影したものです。歴代のポストや世界各国の切手など、貴重な資料がたくさん展示されているので、興味のある方はぜひ訪問してみてください。

<参考文献>

井上卓朗(2016)「最初の公式鋳鉄製赤色円筒形郵便柱箱ー回転式ポストとその改良についてー」通信文化協会博物館部『郵政博物館 研究紀要 第7号』76-88頁

郵政博物館郵便ポストの移り変わり ~日本最初のポストから現在のポストまで~』

井上恵子(2003)「学芸員雑記帳 「〒」マークについて」総務省郵政研究所『郵政研究所月報 第16巻第2号 通巻173号』

<制作協力>

QuizKnock



(出典 news.nicovideo.jp)


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ヒトとチンパンジーDNAは99%まで一致している。それを知った女子大生が「チンパンジーとの子供を自分の子宮で育て、観察記を卒論にまとめたい」と言い出した。卒論が書き上がったら中絶するつもりだという。彼女の望みは「命をどう扱うか」を問いかける。哲学者の岡本裕一朗氏がビジネスパーソン向けに行った講座から一部を紹介しよう――。(第2回、全3回)

※本稿は、岡本裕一朗『答えのない世界に立ち向かう哲学講座』(早川書房)の第4講「ゲノム減編集時代の生命倫理」を再編集したものです。

■チンパンジーとの子どもを産みたい女子大生

【岡本】生物遺伝学者のリー・シルヴァーは、あるとき次のような講演をしました(シルヴァー『人類最後のタブー』より)。

「ヒトのDNAチンパンジーDNAは99パーセントまで同じである。チンパンジーとは染色体が似通っている。したがって、二種の交配による子どもは生存可能である。ヒトの精子をチンパンジーのメスに人工授精すると、胎内の子どもが早く成長しすぎて死産する可能性がある。ただし、逆は可能である。人間の女性の胎内でならば、二種の交配が完成するかもしれない」

講演のあと、一人の女子学生がシルヴァー先生の研究室にやってきていいました。

「先生が講義で説明していたようなことをやりたい。私の卵子をチンパンジーの精子と合わせて、受精卵を自分の子宮で育てて、その観察記を卒論にまとめたい」


まとめたら、名前は売れるし、実際素晴らしい卒論になるでしょう。この勇敢なリケジョの質問に、どう答えたらいいでしょうか?

シルヴァー先生は明確な回答を与えていないんです。彼はこういいました。「現実に胎内に受精卵が着床して、育ち始めたらどうする?」

少し間抜けな質問ですね。女子学生の答えはこうです。「早く卒論を書きあげて、書きあがった段階で中絶しますから心配には及びません」

さて、どう考えたらいいでしょう。

■女子学生とチンパンジーの交配は認められるか

(問題)女子学生とチンパンジーの交配が認められるのはどんな場合?

選択肢として、次の三つを設定しておきます。


(1)女子学生が中絶を前提でチンパンジーとの交配を望むとき。
(2)女子学生が中絶を望まずに、その子を育てる目的で交配を望むとき。
(3)科学的に観察する目的で交配を望むとき。
*感染症等の問題はクリアしていることを前提としましょう。

(5人程度のグループに分かれて10分間のディスカッション)

【岡本】いかがでしょうか。

【受講者A】三つの選択肢の前のゼロ番めの選択肢として、実験対象がオランウータンチンパンジーだったらどうだろうかと考えました。この場合、私たちのグループの全員がOKを出したんです。ということは、ヒトと他の動物が関わるときになんらかの問いが生まれるのではないか――こうしたところからディスカッションを始めましたが、そのあとは、問題を整理するだけで精一杯でした。


(1)は、命をどう扱うかという議論をしています。

(2)は、命としては扱うが、存在として認めていいかが論点になっています。

(3)については、科学的に観察するにしても、科学者が女性である場合と、シルヴァー氏のように男性である場合の二パターンがあるんじゃないかという話をしましたが、時間切れで結論が出ないままでした。

【岡本】生命をどう考えるかという問題ですが、現代風に考えれば、中絶をするかしないかは本人の自己決定です。女子学生がいいというのであれば何も問題はない、と考えられるかどうかですね。結論が出たグループはありますか?

■科学が進歩するためなら何をしてもいいのか

【受講者B】こういう問題は、隠れている問題や前提を考えだすとキリがないので、直感を信じてイエスかノーかでまず考えてみようとなって、するとグループの全員が、三つの選択肢すべてに対してイエスという答えでした。

【岡本】それは非常に重要なことですね。基本的には直感を大前提にしつつ、どう正当化するかの問題です。その直感を根拠づけるのはいったいなんだろうか、という。逆に、女子学生とチンパンジーの交配は認められないという結論になったグループはありますか?

【受講者C】まったく認めないわけではないのですが、全部を認めてしまうと、科学が進歩するためには何をしてもいいことになるのではないか、歯止めがきかなくなるのではないかと危惧します。新しい歯止めを設けるべきだと思うんですが、それが具体的に何なのかはつかめませんでした。

【岡本】ドイツの哲学者のユルゲン・ハーバーマスが抱いたのと同じ危機感覚かもしれませんね。彼は「類的存在としてのわれわれ」を強調したので、おそらくチンパンジーとの交配を認めないでしょう。

しかし、なぜ認めてはいけないのかは非常に大きな問題です。チンパンジーとの子どもだからダメなのでしょうか。だとしたら、障害者の子どもだからダメ、ユダヤ系の子どもだからダメとなり、優生学に容易につながります(優生学については後ほどさらに詳しく見ていきます)。

■ヒト遺伝子改変の口火は切られた

【岡本】遺伝子操作の歴史を簡単に振り返ってみましょう。

1950年代、DNAの二重らせん構造が解明されました。70年代に遺伝子工学の発展があり、試験管ベビーが誕生します。90年代スタートしたヒトゲノム計画は、早くも2003年に完了しました。この間、1996年には体細胞クローン羊のドリーが誕生して、現在はCRISPR/Cas9(クリスパー・キャスナイン)などのゲノム編集技術が確立しつつあります。

遺伝子操作の時代が、間違いなくやってきています。新生物をつくる実験が、着々と積み重ねられている。羽のないニワトリ、自然界に存在しない色の花、巨大化したマウス、光るネコ……。遺伝子組み換えで太らせたサケや筋肉量を二倍にした牛をつくって、食糧難の地域に売りこむなどの応用事例もあります。

この技術が次は人間に向かうことは容易に予想がつきます。あとは人間への応用あるのみという状況です。2015年には中国の研究チームがヒトの受精卵に対してゲノム編集を行なったと発表しました。86個のヒトの受精卵に対し、地中海性貧血症という遺伝性疾患の原因になる遺伝子の切除を試みて、28個を修復したそうです。

遺伝性の疾患には難病が多くて、なかなか治療が難しい。一番有効な治療法は遺伝子の組み換えでしょうから、今後は非常に重要な課題になっていくと思います。

そこで、このような技術の適用はどこまで許容されるのかを考えてみましょう。

■着床前診断の線引きはどこまでか

まず、受精卵を選別することについてはどうでしょうか。つまり、体外受精した複数の受精卵を遺伝子検査し、どの受精卵が「適切」かを選択する。着床前診断と呼ばれるものです。病気があるかどうかという基準であれば選別してもいいのでしょうか。

あるいは身体的特徴、身体能力による選別はどうか。男女の産み分けはどうか。知的能力や精神的特性による選別はどうか……そうした選別が可能になりつつあると考えたときに、どこで線引きをすべきか。あるいは、線引きは必要ないのでしょうか?

選別から一歩進んで、遺伝子に人間の手を加えて改変することについてはどうでしょう。中国がやったように、病気予防のためであれば受精卵の遺伝子を改変してもいいのでしょうか。がんにかかりにくい遺伝子構造をつくり出すことができるかもしれません。一部の部族はエイズにかからないといわれているので、彼らの遺伝子構造を導入してエイズを予防することも考えられるでしょう。

あるいは、受精卵の段階で、遺伝性疾患を発症する遺伝子を見つけ出し、それを改変・治療することはどうでしょうか。

はたまた、病気の予防や治療ではなく、精神的、あるいは身体的な能力を高めるために遺伝子を改変してもいいのでしょうか(こうした能力増強のことをエンハンスメントと呼びます)。

DNAの二重らせん構造を解明したワトソンはこういいました。

「頭が悪いのは病気だから、遺伝子を組み換えて治療しよう」

さすが天才はいうことが違います。私はこれを聞いたときぞっとしました。彼にいわせれば、IQが120あっても病気なのかもしれません(笑)。要するに、判断の境界はかなり曖昧なんです。

■遺伝子改変を許容できる条件

(問題)遺伝子改変はどの場合に許容できるか?

選択肢を整理すると、次のようになります。

(1)体外受精によって、遺伝子検査をして選別する。
(2)病気予防のための遺伝子改変。
(3)病気治療のための遺伝子改変。
(4)身体的・精神的な能力増強(エンハンスメント)のための遺伝子改変。

ハーバーマスは、このあたりを明確にしませんでした。彼は、(4)のエンハンスメントについては否定しています。しかし、それ以外を否定しているかどうかは読みとれません。ハーバーマスもはっきりさせなかったことを考えてみましょう。

(ディスカッション)

【岡本】では、発表をお願いします。

■すでに「産むか産まないか」で選別している

【受講者D】われわれは満場一致ですべての治療をやるべきと考えました。ガンガンやっていいのではないかと。昔は子どもは「授かるもの」でしたが、いまは子どもを「つくる」という言い方をしますよね。すでにわれわれは産むか産まないかで選別しています。

【岡本】産むか産まないかの選別、あるいは配偶者の選別も含めて、私たちはすでに子どもに関してさまざまな選別をしていて、遺伝子による選別はその延長でしかない。だからこれを否定する理由は見当たらない、という考えですね。

反対意見はありますか?

【受講者E】グループのなかで私だけでしたが、遺伝子をいじってしまった結果がどうなるのか、本当に思い通りになるのかが見えていない状態のままで操作をすることには否定的です。遺伝子操作をした結果、種としての力が弱くなっていく可能性などを考えると、リスクが高すぎると思います。

【岡本】もし、リスクが解消され、絶対に安全であるとしたらどうでしょうか。

【受講者E】その場合は、まず(4)については、遺伝子組み換えをしたいという本人と、遺伝子操作される側の関係性という問題が出てくると思います。本人が望んだわけでもない改変を親などの第三者が行なっていいのか。それが引っかかります。

【岡本】それはきわめてハーバーマス的な意見ですね。おっしゃるとおり、生まれてくる子どもの受精卵の段階での遺伝子の改変ですから、本人が望んでいるか望んでいないかは聞けません。

■「新しい時代にわれわれは踏み込んだ」

【受講者F】議論としては、(1)から(4)まですべてOKということであっさり結論が出ました。ただ僕自身がそこまで踏みこめないのは、人類が保ってきた一線を踏み越える感があるからです。

これまで人類はいろいろな形の選択によって進化してきました。遺伝子異常を起こした個体が適者生存で残ってきた歴史があるわけです。複雑な声帯を持つ個体が遺伝子異常でたまたまあらわれて、それが言語の獲得につながった。ブタモロコシのなかに遺伝子異常で粒が落ちない個体がたまたまあらわれて、それを人類がトウモロコシとして選択的に育てることで農業が発展していった。

そのように人類はやってきて、現在は選択的に子どもを産む・産まないというところまできましたが、遺伝子に触ってはいません。そこには一線があるような気がします。自然淘汰の流れにしたがって意図的な選択を行なってきたとしても、遺伝子の改変となると一線を踏み越えるような気がするので、「いままでの進化の延長線上だからいい」とは思えないんです。

【岡本】それこそが、ハーバーマスも含めて、「新しい時代にわれわれは踏みこんだ」という形で問題を立てる一番大きなポイントです。この問いにどう答えるのかが、私たちに課せられています。これまでは遺伝子を組み換えるとしても他の生物に対してであって、自分たち自身の遺伝子を組み換えて、人間の本性や進化を左右するところまではやってきませんでした。ところが、技術的にそれが可能になり始めたのが、いまの時代の非常に新しい点です。

■よみがえる優生思想

【岡本】先ほどからも話題にのぼっているように、遺伝子操作はある種の優生思想なんです。チャールズダーウィンのいとこであるフランシス・ゴルトンは、1883年に発表した『人間の知性とその発達』のなかで、優生学(Eugenics)という概念を提唱しました。進化論の応用として人間の改良を目指すものです。ゴルトンによる定義では、「人種を改良する科学」とされ、「適切な人種や血統が、あまり適切ではない人種に対して、早く優位に立てるようにする科学」と語られます。しかし、問題はそのあとです。

優生学はポジティブな優生学とネガティブな優生学に分類できます。これこれの病気を持っている人は排除するという発想はネガティブな優生学、より優秀な人をつくっていくという発想がポジティブ優生学です。

では、ある人が「優生」かどうかは科学的に検証することが可能なのでしょうか? ゴルトンの定義は曖昧で、自然科学なのか社会科学なのか、あるいは社会政策や革命思想の一種なのか、はっきりしません。

■「リベラルな優生主義」とは

優生思想というとナチスにすぐに結びついて、私の若い頃はすぐに批判されていたんですが、20世紀には世界全体で優生主義が流行しているんです。日本でも優生保護法がずっと続いてきましたし、アメリカスウェーデンデンマークなどでも断種法が施行されていました。

ナチスがやった優生主義と、優生的な考え方そのものは分ける必要があるでしょう。ナチス型の優生学は、国家や組織が、個人の生存や生殖、自由に対して強制的に決定したり、命令したり、排除したりする、全体主義的な政策を行ないました。問題なのは優生学ではなく、「ナチス型」のほうかもしれない。

ナチス的ではない優生主義、国家や組織の強制ではない優生主義を、最近では「リベラルな優生主義」と呼びます。優生主義を一概に否定するのではなく、積極的に考えてみる必要があるのかもしれません。

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岡本裕一朗(おかもと・ゆういちろう)
玉川大学文学部教授
1954年生まれ。九州大学大学院文学研究科哲学・倫理学専攻修了。九州大学文学部助手を経て現職。西洋の近現代思想を専門とするが興味関心は幅広く、哲学とテクノロジーの領域横断的な研究をしている。2016年に発表した『いま世界の哲学者が考えていること』は現代の哲学者の思考を明快にまとめあげベストセラーとなった。他の著書に『ポストモダンの思想的根拠』『フランス現代思想史』『人工知能に哲学を教えたら』など多数。

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※写真はイメージです(写真=iStock.com/YinYang)


(出典 news.nicovideo.jp)


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 四字熟語は、「弱肉強食」「一喜一憂」のように日常的に使われている表現ばかりではありません。学校では教わらない漢字が使われていたり、読み方が変わっていたりして非常に難しいものもあります。

【すべての解答】


 今回は「難読四字熟語の読み方」をクイズ形式でまとめてみました。この問題が全部解けて、熟語の意味まで分かるくらい漢字に詳しい人って、日本に何人いるんだろう……。

【問題】

Q:不撓不屈

Q:已己巳己

Q:侃侃諤諤

Q:喧喧囂囂

Q:哀毀骨立

Q:伊尹負鼎

Q:蜿蜿長蛇

Q:燕頷虎頸

Q:枉駕来臨

Q:鎧袖一触

Q:画竜点睛

Q:眼光炯炯

Q:蒟蒻問答

Q:紫電一閃

Q:蓴羹鱸膾

Q:切歯扼腕

Q:弾丸黒痣

Q:攀竜附鳳

Q:兵戈槍攘

Q:余裕綽綽

Q:竜驤虎視

Q:雲烟過眼

Q:捲土重来

Q:凄凄切切

Q:融通無礙

【答え】

Q:不撓不屈

A:ふとうふくつ。苦労や困難にあっても、心がくじけないこと。「不撓不屈の精神」などと使われる。


Q:已己巳己

A:いこみき。よく見ると、3つの違う漢字が使われている。互いに似ているもののたとえ。


Q:侃侃諤諤

A:かんかんがくがく。堂々と正論を主張するさま、盛んに議論するさま。


Q:喧喧囂囂

A:けんけんごうごう。大勢の人がやかましく騒ぎたてるさま。ちなみに、「けんけんがくがく」は「喧喧囂囂(けんけんごうごう)」「侃侃諤諤(かんかんがくがく)」が混ざった表現とされる。


Q:哀毀骨立

A:あいきこつりつ。父母の死などを悲しむあまり、やせ細ってしまうこと。


Q:伊尹負鼎

A:いいんふてい。大望のために身を落とすことのたとえ。伊尹(いいん)は古代中国の人名。「料理人になって王に近づき、宰相になった」という逸話がある。


Q:蜿蜿長蛇

A:えんえんちょうだ。うねうねと長く続くもののたとえ。「蜿蜿(えんえん)」自体にも、ヘビなどがうねうねと長く続くさまという意味がある。「長蛇」は、長蛇の列でもおなじみの表現。


Q:燕頷虎頸

A:えんがんこけい。「燕(つばめ)のような頷(あご)、虎のような頸(くび)」の意。勇ましい武者の容貌などを意味する。


Q:枉駕来臨

A:おうがらいりん。客を喜んで迎えることを意味する敬語表現。「枉駕」「来臨」ともに、相手が来ることを敬っていう言葉。


Q:鎧袖一触

A:がいしゅういっしょく。鎧(よろい)の袖が一度触れたくらいで、簡単に敵を倒すこと。


Q:画竜点睛

A:がりょうてんせい。「画竜点睛を欠く」で、仕上げを欠いており、完全ではないことを意味する。読み方は「がりゅう」ではなく「がりょう」。


Q:眼光炯炯

A:がんこうけいけい。「炯」は光り輝くさまを表し、「眼光炯炯」は目が鋭く光る様子。全てを見透かしているような、人を圧倒する目。


Q:蒟蒻問答

A:こんにゃくもんどう。こんにゃく問答は「住職になったこんにゃく屋さんが禅問答を申し込まれてトンチンカンな応答をするが、相手の勘違いで勝ってしまう」という落語。ここから、見当はずれの返事などを意味する。


Q:紫電一閃

A:しでんいっせん。鋭い刀を振ったときに現れる光。転じて、物事の急激な変化。


Q:蓴羹鱸膾

A:じゅんこうろかい。ふるさとを思う気持ちの抑えがたさなどを意味する。「蓴羹(じゅんこう)」「鱸膾(ろかい)」はともに食べ物。「故郷でこれらを食べていた人が味を思い出したところ、官を辞して帰郷した」という故事がある。


Q:切歯扼腕

A:せっしやくわん。くやしさや無念さなどから、歯ぎしりをして、腕を強く握り締めること。


Q:弾丸黒痣

A:だんがんこくし。「弾丸」「黒痣」ともに小さなもののたとえで、とても狭い土地を指す。「黒痣」はほくろを意味し、「黒子」とも書く。


Q:攀竜附鳳

A:はんりょうふほう。「竜にすがりつき、鳳凰に付き従う」の意。力のある人物に従って、功績をたてること。


Q:兵戈槍攘

A:へいかそうじょう。戦いが激しいさま。


Q:余裕綽綽

A:よゆうしゃくしゃく。後半の「綽綽」は、ゆとりのあるさまを表す。


Q:竜驤虎視

A:りょうじょうこし。「竜が天に躍り上がる、虎が獲物をにらむ」の意。勢いがあり、権力を持って世の中を威圧すること。


Q:雲烟過眼

A:うんえんかがん。「烟」は煙やかすみを指し、「雲、煙などが眼前を過ぎ去る」の意。物事が過ぎ去ってとどまらないこと。また、物事に深く執着しないこと。


Q:捲土重来

A:けんどちょうらい(じゅうらい)。一度失敗した者が勢いを取り戻すこと。


Q:凄凄切切

A:せいせいせつせつ。「凄切」で、身にしみて悲しいさまなどを意味する。漢字を重ねた「凄凄切切」は、その強調表現。


Q:融通無礙

A:ゆうずうむげ。何ものにもとらわれず、自由なさま。



●主な引用元

・コトバンク

goo辞書

2018年11月9日14時50分 修正:「攀竜附鳳」の読み方を「はんりょうほふう」と記載していましたが、「はんりょうふほう」の誤りでした。おわびして訂正いたします。



(出典 news.nicovideo.jp)


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